大岡春卜関連エントリー

尼崎コレクション展

... 次の部屋は「大阪画壇と江戸後期の絵画」ということで、橘守国、橘保国、大岡春卜、月岡雪鼎、松川半山、森周峯などでした。 その他に、初期から現在までの博覧会の資料がたくさんたくさんと尼崎市庁舎の設計模型、櫻井忠剛の描いた洋画などもありました。 ...

尼崎コレクション展

京都の休日

... 天才町絵師・伊藤若冲の師だった大岡春卜(しゅんぼく)は、70歳のとき、通信使画員の李聖麟(当時30歳)と対面。絵で筆談を交わし、のちに『画史会要』という画集に発表しています。英一蝶、池大雅も大典禅師のはからいで、通信使と交流を持ち ...

京都の休日

プライスコレクション『若冲と江戸絵画』

... 「続書家人物志」(青柳文蔵)には、若冲が狩野派の画家大岡春卜に師事したとの記述があり、大典顕常による若冲の墓碑銘にも 狩野派に学んだ とあるが ... (なお、大岡春卜は狩野派の絵本の出版を通して、その図像・画法の普及に貢献した人物である。 ...

プライスコレクション『若冲と江戸絵画』

大岡春卜とは?

大岡春卜(おおおかしゅんぼく、延宝8年(1680年) – 宝暦13年6月19日 (旧暦) 6月19日(1763年7月29日))は、江戸時代中期 大坂を代表する狩野派の画家。法眼位に叙せられる。
名前 名は愛翼、愛董。春卜をはじめ雀叱、一翁、翠松などの号 (称号) 諸号がある。高平春卜と名乗る時期もあった。
大坂に生まれる。正統な師にはつかず独学で狩野派を学んだ。マンネリ化し停滞気味の狩野派をよそに大胆な構図と個性豊かな筆致で作品を画き、高い評価を得た。絵画の普及に努め、『画本手鑑』などの絵手本や画論を刊行した。また冊子の挿し絵を得意とし、庶民からも人気を博した。朝廷に厚遇され法眼(1735年)を叙されている。
幼少期の木村蒹葭堂に画の手ほどきをしたことで知られ、伊藤若冲が春教と号していた頃の狩野派の師である。多くの門人を育て大岡派の祖となった。享年84。

大岡春卜の詳細